海外旅行 楽しすぎて狂っちまいそうだ!

蓮野ニコのニコnikoブログ
?平和な世界を創るために?31

こんにちは(“⌒∇⌒”)

〇日本の柔らかさ(場のエネルギー)〇

ちょっと変なタイトルかも知れませんが、何も日本を指圧した事があるというわけではありません。
整形外科に勤めているときに、初めて海外旅行を経験してから、度々、海外へ行くことになるのですが、そのときから何度も味わった感覚がこれなんです。
 つまり、日本へ帰ってくるとき、飛行機が日本上空に近づいてくると、ある地点で 「柔らかく」 感じるんです。 私はその前から目をつむって、その場の空気を感じているのですが、 「ある地点」 で柔らかさを感じるのです。
 『あぁ なんて日本はやわらかいんだろう~』 と。 心地良い柔らかさです。
 空気が澄み切って、おいしいとか、 良い香で、気持ちがいいとか、そういう物理的な感覚ではなく、 例えば、明治神宮の大鳥居を,くぐる前とくぐって中へ入った後の、その場の雰囲気の違い・・・そんな感じです。
昔、初めて伊勢神宮へ参詣したとき、伊勢市内に宿をとり、その部屋で瞑想をしたときです。 そうしたら、とてもやりやすかったので驚いた覚えがあります。
 瞑想が行いやすかったのは、伊勢神宮という、とても清まった場所が近くにあったせいだと思うのです。 その「場」のエネルギーは、その場だけではなく、そのエネルギーが強ければ周りにも影響を与えるということでしょうか、。
 私の感覚では日本という場は 「柔らかい」。「和む」 そんな感じでしょうか。 日本のことを大和の国とも言いますしね。 
 ですから、この日本に住んでいる人々は、この「和」の質のエネルギーをいつも受けているのだと思います。
 日本人は「あいまい」だとか、「はっきりしない」とか言われることがありますが、これは「和」の質が否定的に取られているからではないでしょうか。 この「和」の質を「調和」、「和ませる」というふうに、肯定的に自覚するようになれば、このエネルギーを自分にも周囲にも、より良く活かせるようになるのではと思います。

《コブラ情報》
光の勢力と闇の勢力、9
(PFC-JAPANからの引用)

イエズス会派

1800年代初期頃に、ロスチャイルド派が覇権につくまで、イエズス会は非常に強い力を持っていました。イエズス会員の1割はこの会派に所属しています。その中には数人の枢機卿、黒教皇(アドルフォ・ニコラス)、白教皇(ヨゼフ・ラッツィンガー)と、イタリアの黒貴族家系も含まれています。この会派は、キリスト教のグノーシス派とグノーシスの奥義を滅ぼすために、325年のニカイア公会議でコンスタンティヌス一世が(現在の)キリスト教を創始した時に作られた組織です。このイエズス会派は、異端審問という形でその権勢を誇り続け、それがいまだに多くのカトリック組織に深く浸透しています。イエズス会派の主に影響圏は南米とアフリカです。彼らの主な目的は精神的な支配と人類の抑圧です。もっとも、いまの彼らはただ生き残りたいだけです。イベント後、真実と突き合わせることによって、すべての主流宗教は大きく浄化されるでしょう。

〔健康小話〕
体は素晴らしいセンサーになります。
そのアクセサリーが自分にポジティブなエネルギーになるのか、そうでないのかを調べたい時、アクセサリーを手に持ち真っ直ぐに立ちます。
「このアクセサリーは自分に良いエネルギーを与えますか、教えて下さい。」と念じながらアクセサリーを胸の前に持ってきます。

そうすると、微妙に体が前か後ろに動きます。(はじめは上手くいかないかも知れませんが、)
通常は前に動けば答えはYESです。後ろに動けば答えはNOです。

好き嫌いがはっきりしている物、またはそれが写っている写真でもよいのですが
、それを使うと体の動く感覚を受け取りやすくなると思います。
好きな物を手にした時は体が前に動きます。
例えば、今夜のおかずに迷った時、その食材、出来た惣菜でもいいのですが、それを胸の前に持ってきます。体が喜ぶものだったら体が前に動くはずです。(^_^)
(行う時は電化製品の近くではない方がよいと思います。)

海外旅行が欲しかった

こんにちは。

私は決めていることがあります。

そらの病気が悪化するまではそらとなるべくたのしく生活をするってこと。

 

そらを乳児院に預けたい、という気持ちは、病気を指摘されたあの日から変わりません。

揺らぐし、悲しいけど、考える背景はブレない。

国の政策で、施設はコストが莫大なので、減らしたいと思っている。やまゆり園の事件により、その議論はさらに加速している。

そらが大人になるころにはたぶん入れる施設はないのです。

本当に心中するんだろうな、とも思う。

施設に入れなくなるなら先に入っておけば、困らない。乳児院だからこそ、まだ可能。

(でも児童相談所もなかなか障害児は受け入れないとか。相談は多いらしいですけど、断るんだって。それによって虐待とかそれっぽいことをみせないと入れないとかね。本末転倒)

そういった背景から、決断したい、そう思っているけど、夫はそらを溺愛しているので、それはできないと。私がおうちを出て行って、そらは俺が育てるとまで言っている。

(たぶん言ってるだけ)

となると、きっと成人しても最後までお世話することになるのだろう。

 

それなら開き直って・・・冒頭の楽しく過ごすには・・・という考えに至ったのです。今のところは。

 

 

 

この記事、現在大炎上進行中…。

 

要約すると、(乱暴)

・生後数か月のすぐ泣いちゃう赤ん坊を連れまわすのは親のエゴ

・飛行機とか公共交通機関に乗るのはまだ早い。大きくなってからでいいじゃない

・泣き声迷惑

・赤ちゃんを連れまわして周りに迷惑かけて赤ちゃんも体調崩してベビーハラスメントじゃ!

 

最後のとこね。ハラスメントの類(マタハラ、セクハラ、パワハラ…)って、母が虐げられる、異性が虐げられる、部下が虐げられる、、、、のはずなんだけど、この人、赤ちゃん連れの親子によって迷惑こうむる周りの人=ベビハラと言ってるんですよね。

それも違和感。

むしろ、この人みたいな人がベビハラです。と思ったりしてね。

 

ベビーですらこうだから、難病児とかどうなんだろうか。

 

実は、春に、海外旅行も行きました。加えて、我が家は双方の両親の住まいが遠方なので、そらはもうすでに10回以上は飛行機に乗っています。新幹線にも乗っています。

そらは飛行機でも新幹線でもぐずることはなく、低月齢の時はほとんど寝てて、今はおきているけど、まぁおとなしい。だからいいじゃん!とはいうつもりはないんですけど、どこかで暴れ始めるかもしれないけど、そらはきっと記憶がないけど、そらにたくさんのものをみせてあげたいし、そらとの思い出をたくさん残したい。

 

外に出るということは迷惑をかけるかもしれないけど、私は↑のことを思って大げさだけど出かけてます。そういう人もいるんだとか想像してほしい。

命がもうすぐなくなる人だっているかもしれない。想像力の欠如した人材だらけだね、世の中。

 

確かに、ベビーカーに電車で乗るな、という人も多いの知ってるし、我が物顔で乗ってくるとかよく見るけど、ベビーカーないと生きていけないから乗らせてもらってるし、

なるべく車いす×ベビーカー車両に行くようにしている。

ってもあのスペース寄りかかりやすいからなかなか避けてもらえなくて邪魔度が加速することも大いにあるんだけど…その時に、ここはベビーカーの場所ですよ、と言ってくれるおじさんとかいらっしゃるので非常にありがたいです…。

 

おでかけできなくて、おうちにずっと潜む暮らしだとたぶん死ぬ。

二人で過ごすとやっぱりいろいろ思いつめちゃう。

 

想像力をちゃんと持った人になっていたいです。