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江原 啓之の正体(週刊文春より)
二十代の江原氏をよく知る人物はこう語る。
「とにかく口がうまい男です」
最初『自分は霊能力がある』と近づいてきた。
興味を持って聞いたら 『自分は小さい頃から両親がいない、孤児同然です。バイトしながら色んな勉強をし、一人で生きてきた』
と言うので、気の毒に思って、アパートの家賃を出してやったり、食べさせてやったりした。
なのに、私が紹介した友人に陰で『霊的に見て、あの人は悪い人間だから付き合わないほうがいい。私と 付き合った方が得です』と言い、うまく取り入って、今度はそっちから色んな援助を受けていた。
何か都合が悪くなると、突如、守護霊が憑依したようなフリをして、『う~む、ワシじゃ、マサキヨじゃ』と 唸って煙に巻こうとする。
私が『そんなんで騙されると思っているのか』と怒ると、そのままグッタリして「たぬき寝入り」を決め込む。
ただ、食欲だけは人の三倍。『何も食べるものがない、ひもじい』とよく言ってたけど、 ちゃんと食べるものはあったし、だいいち、それでも丸々と肥ってたんだから、まったく説得力はないです。
霊能力があるというから、色んな人に見せても、当時はことごとくはずれてました。
霊能力者として成功しているというのが信じられない。私はインチキだと思っています」
  江原氏が経営する「スピリチュアリズム研究所」で、かつてスタッフとして働いていたA子さんが語る。
「今まで江原さんの言は話したことがありません、なぜなら思い出すだけでもあの頃の精神的肉体的な
苦痛が甦ってきて、トラウマになっているからです。本当は胸にずっとしまっておくつもりでした。
ただ、最近江原さんがテレビや雑誌などで道徳を説いているのを見て、彼の本当の姿を伝えなければと思いました。
「江原さんは暴力的傾向がとても強い方で、常に私達スタッフを怒鳴り散らし、怒ってモノを投げたり、
手で思いきり叩いたり、胸を突き飛ばしたり、足で蹴飛ばしたり、ひどい暴行を繰り返していたんです」
現在40代のA子さんが江原氏と知り合ったのは二十年ほど前。
江原氏が和光大学を中退し心霊研究に没頭していた頃で、江原氏の引越しを手伝ったのがきっかけだった。
当時江原氏は、多摩センターの「三光苑」なる心霊相談所で霊能者をやっていた。
そこにA子さんが相談者として通ううち、江原氏から頼まれボランティアを始めたという。
その後いったん途絶えたものの、87年に自宅アパートで心霊相談を始めると、再び 奉仕するようになった。A子さんは語る「その頃私は昼の仕事をしてたのですが、 仕事が終わった後、江原さんのところに通ってました。最初はお茶だしだけの手伝いという ことだったのですが、だんだん事務的な仕事もやらされ、最終的には研修会というイベントの 仕切り役をさせられました。仕事が増えていったんです」。
仕事は5時半くらいから遅い時は終電までで、深夜タクシーで帰る事もたびたびあったとか。
1万数千円のタクシー代は自腹だった。仕事内容は、事務全般の他に 炊事、洗濯、掃除や風呂焚き、猫の世話など江原氏の私生活の雑用も主な日課だった。
土日は終日、平日もほぼ毎日通った。
「7年間」続けました。無報酬でした。お金の話をすると彼は怒ります。給料をくださいと 言える雰囲気ではありませんでした。トイレットペーパー、ティッシュ、ボールペン、コピー紙、 惣菜などを買っていくと、江原さんは「その費用は計上してないから払えない」と 突き返しました。結局全額持ち出しになってました」。
当時の江原氏はカルト宗教団体の教祖のような存在だったという。
A子さんが続ける。
「私は研修会の会場を押さえたり予算やプログラムを考えたりしていたのですが、 まったくやったことのない仕事場でした。些細なミスでも江原さんはすごい剣幕で怒るんです。
普通の怒り方じゃなくて、体をわなわなと震わせて怒る。本当に怖かった。私は萎縮して ただひたすら「申し訳ございません」と土下座してました。
当時は江原さんに心酔していたので、普通なら理解に苦しむことで叱られても 反論などしたこともないし、無抵抗に謝り続けていました。
今思えば、知らず知らずのうちに洗脳されていたんです。そして気がつけば奴隷のようになっていました。
江原さんは、オネエ言葉のような話し方をする人で、何か気に入らないことがあると 『もういい加減にしてよ』とヒステリックに怒りました。仕事以外でも私が江原さんを 優先しなかったりすると癇癪を起こしました。たとえばスタッフ4人でファミレスに 行った時、先にコーヒーを注文したら、『私より先に注文するなんて何よ』と怒り始めた
こともありました」。
知り合った当初の江原氏は非常に優しかった。ところがスタッフとして、より身近になるにつれ、 機嫌が悪いと語気を荒げたり、とげとげしい態度を見せるようになった。そのうちA子さんに対し 『死んでしまえ』『地獄へ行け』と暴言を吐くようになり、それがいつしか暴力に変わったという。
怒鳴られた挙句、食器や椅子、灰皿やゴミ箱を投げつけられました。それが毎日のように続くのです。
その頃にはもう理由らしい理由はなくて、私の態度が悪いとか気に食わないとかいうことで暴行を受けました。

A子さんはさらに語る。「ある時、いつものように食事の用意をしたら、『あなたも食べなさいよ』と言われ
一緒に食事をすることになったのですが、何かが気に入らなかったらしく、いきなりご飯の入ったお茶碗が 私の顔にすごい勢いで飛んできたんです。茶碗は私の左目下に当たりました。
悲鳴をあげるほど痛かったのですが、それよりも咄嗟に、何を怒られたのかわからなかったことで
気が動転して『申し訳ございません』という言葉が口をついて出ました。
その時江原さんに『血が出てるわよ』と言われ、初めて出血に気づきました。
彼は手当てしてくれるでも心配してくれるでもなく、まだ腹を立てていました。
そういった理不尽なことがあまりにも続いていたので、私自身、思考が停止してました。
モノを投げつけられる以外にも、手やスリッパで頭を叩かれたり、足を蹴飛ばされたりしてましたが
されるがまま。江原さんの暴力がいつ飛び出すのかいつも、怯えていました」。
A子さんの証言内容を確認すると、意を決したように重い口を開いた。
「A子ちゃんは江原君に虐げられ、タダでコキ使われてました。彼女が暴言を吐かれたり、
暴行を受けていたのは事実です。モノを投げつけたり、蹴りを入れてるところを私は何度も見ました。
彼女が顔に絆創膏を貼っていたのを見て、「また江原君にやられたの」って聞いたら
彼女ははっきり言わない。江原君が怖いから言えなかったのでしょう。
彼女は江原君から怒られると恐いから黙ってしまう。『なんでこれをやっておかないんだ』と言われると
ジーと固まってしまう。すると江原君がイライラして蹴飛ばすんですよ。鬼のように怒って。
江原君は、『蹴られるオマエが悪い』と言ってました。彼がカーッとなるのは些細な理由で、
A子ちゃんに悪い所がなくても怒っていた。A子ちゃんは無料奉仕で働いてくれてたのに」
当時虐待を受けた女性スタッフはA子さんの他にも多数いた。全員が江原氏に怒られるのではないかと
顔色を伺いながらピリピリしていたという。誰かが虐待されると他のスタッフは巻き込まれないように
身を潜めていた。 

一美さんは別の女性スタッフB子さんが暴力を振るわれているところも何度も目撃してるという。
B子さんに取材を申し込んだところ「何も申し上げることはありません、思い出したくないんです」と
固く口を閉ざす。
B子さんの相談相手で江原氏の親代わりだった横川道夫さんが語る。
「B子は江原に散々な目に遭わされてた。彼女はスピリチュアルカウンセラーを目指していて
江原の弟子になったのですが、彼女は結婚していたのに毎日「霊能者は独身でなければならない」と言われ
離婚するように勧められていた。で、離婚したら「霊能者同士が世間を欺くために結婚することはある」と
突然求婚された。B子は断り、九年間江原を手伝ったが、研究所を辞める前には相当虐待がひどくなっていた。

虐待されていたのは人間だけではない。江原氏はペットの猫にも危害を加えていたという。
シャム猫と三毛猫の雑種で田中一美さんから90年2月に生まれた子猫を譲り受けた。
敬愛するイギリスの作家コナンドイルに因んで、コナンと名づけていた。
田中一美さんの夫の田中茂穂さんがこう語る。
「私がアパートの三階にあった江原の部屋にいたら、どーんという物音がしたんです。
急いで隣の部屋を覗いてみると、猫が仰向けで足をばたつかせてギャーギャー鳴いている。
「何やってるんだ」と問いただすと、江原は「すみません」と慌てて猫を抱えた。
彼は神棚の脇の壁に、猫を投げてぶつけていたんです。立っていた場所から壁までは2メートルくらい。
江原は、「お袋さんには一切内緒にしてください」と言って、これ(口にチャックする仕草)ですよ、と
しきりに言って、しまいには土下座して謝ったんです」。
A子さんも猫虐待の現場を何度も目撃している。「いつもは可愛がっているのに、
怒ると猫の首根っこをわしづかみにして、壁に思いっきり叩きつけていました。
他のスタッフも見ています。江原さんの目は吊り上がり、怒り狂った表情。
猫はぐったりしてました」。
横川道夫さんによると「B子は、江原が三階のベランダから叩きつけるように
猫を放り投げたところを見た。下はアスファルト。江原がその後自分で動物病院に
連れて行ったそうです」。
田中一美さんもこう言う。「コナンが包帯巻いていたからどうしたのって聞いたら、
江原君は『親父さんとの秘密になっています』と隠した。猫は肩が陥没し骨折してました。
子猫でまだ体が柔らかいから、血が出る感じではなかった。肩にへこみが残り、
ずっと右の前足をひきずって歩いていた」。
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